日本一危険⁉スズメバチが飛び回る『くしはらヘボまつり』へ

日本一危険⁉スズメバチが飛び回る『くしはらヘボまつり』へ

岐阜県恵那市串原で、毎年11月3日に催される『くしはらヘボまつり』。“ヘボ”とは東濃地方の方言でクロスズメバチのこと。串原内外から愛好家が集まり、自分たちが育てたヘボの巣の重さを競うコンテストが行われるのです。スズメバチが飛び回る、ある意味“日本一危険!?”ともいわれるこの珍しいお祭りに取材陣が潜入してきました!

26年目を迎えるヘボまつり

名古屋から車で約1時間。うねうねとした山道を抜け、『くしはら温泉ささゆりの湯』に隣接するグラウンドゴルフ場に到着。コンテストの出品者、購入希望者、一般客と大勢の人で賑わっています。

白い防護服に身を包んだスタッフが歩く様子はちょっと異様な雰囲気です。一般客はさほど重装備ではなく、防虫ネット付きの帽子の人がチラホラいる程度。ハチは黒色に反応すると聞いたので、取材陣も明るめの服装にし、肌の露出を避けるため首回りや袖口、裾はきちんと留めて挑みました。

ハチアレルギーについての注意書き。本部には救護コーナーもある。
広場には巣の取り出し用にビニールハウス、巣の販売所となるテントが設置されている。

ハチの子を食す習慣は日本全国にありますが、中部地方の山間部でも昔から貴重なタンパク源とされ、現在も珍味として親しまれています。ヘボ(クロスズメバチ)の体長は10〜18ミリ。体は黒色で白または淡黄色の縞が入っており、攻撃性や毒性はそれほど強くありません。土の中に巣を作ることから“地蜂”とも呼ばれています。

クロスズメバチ。こちらから振り払ったりしなければ攻撃してこない。

『くしはらヘボまつり』が始まったのは平成6(1994)年。ヘボ好きの人たちが集まって『くしはらヘボ愛好会』を結成し、串原地区の地域おこしの一環としてスタートさせたそうです。

「当時、ヘボの研究をしていた瑞浪高校の西野先生の指導を受け、巣の取り方、飼育技術なども向上しました。地中にある巣を、煙幕を使わずに生堀りすることで女王バチを弱らせないようにしたり、巣箱や餌を工夫するなどして、巣を大きく育てられるようになったんです」と会長の堀 武治さん。最盛期には120名の会員がいたとか。やがて愛知、岐阜、長野など各地に愛好会ができ、串原へ視察に来ることも多かったそうです。

「最初の年の巣の出品は52個でした」と『くしはらヘボ愛好会』の会長、堀 武治さん。

コンテストも各地で行われていますが、『くしはらヘボまつり』がもっとも盛大で、毎年100個以上の巣が出品。愛好会の高齢化を受け、6年前から地元の若者たちを中心とした実行委員会が引き継いで運営し、今年は26回目の開催になります。

ハチが飛び回る巣の取り出し

開会式が終わり、10時からいよいよビニールハウス内で巣の取り出しがスタート!ハウスの外には巣箱を積んだ軽トラックが列をなしており、順番に中へ入っていきます。中では防護服のスタッフがスタンバイ。煙幕でいぶしてハチを気絶させ、巣箱から巣を取り出すのです。といっても、気絶していないハチは元気に飛び回っている!

軽トラックの荷台に木箱が積まれており、そのままビニールハウスの中に入っていく。

ハウスの外は見学客が群がっています。そこにもハチ、ハチ、ハチ!最初は叫びたくなりましたが、何もしなければそのうち飛んでいくのがわかり、静かに取り出しの様子を見守りました。

飼育者はそれぞれ工夫を凝らしており、巣箱の形もさまざま。お社やワイン樽のようなものもあり、取り出された巣は幾層にもなっていてアート作品のよう。大切に育てられた我が子のようにも思えました。

防護服を着たスタッフたちが煙を焚きながら取り出し作業を行う。

巣はビニール袋に入れ、口をしっかりと閉じて隣のテントへ。計量係が重さを計り、重量順にテーブルに並べていきます。購入目的の人たちは、事前受付の整理番号順に選ぶことができるため、真剣な表情で吟味しています。

7時前に来て整理番号1番をゲットしたという恵那市在住の方は、「小さくてよく詰まっているのがいい」と、巣をじっくりチェック中。料理方法を聞くと、成虫は1時間ほど弱火でから煎りしてから幼虫と合わせ、醤油とみりんで煮詰めるそうです。


「カリカリになった成虫は香ばしく、幼虫はクリーミー。酒の肴に最高やね!冷凍すると1年はもつよ」

巣はビニール袋に入れて口を閉め、次々に計量していく。「でかい!」「小さいけど詰まってるね」などスタッフからも声があがる。
白い繭の中に幼虫や蛹(さなぎ)が入っている。巣はキロ単価9,000円で販売。

大人気のヘボ料理を堪能!

少し離れた広場では、ヘボ五平餅やヘボ飯などの郷土料理をはじめ、地元の特産品を売るテントがズラリ。ヘボ入りのチヂミやトッポギといったユニークな料理もありました。ヘボ飯は早々に売り切れ、ヘボ五平餅には長蛇の列!取材陣も慌てて行列へ。

五平餅は、ごはんをすりつぶして木の棒に練り付け、タレを塗って香ばしく焼いた郷土料理。ヘボは幼虫、蛹、成虫もすべて砕いて味噌ダレに混ぜ、五平餅に塗ります。炭で炙られたヘボは香ばしくて、煎った大豆のような味。モチモチした生地と甘めの味噌にちょうどよいアクセントとなり、焼いた味噌の香りと相まって、クセになりそうなおいしさです。

例年、ヘボ五平餅は1200本くらい用意するそう。
味噌の焼ける香ばしい匂いが立ち上る。1本につき約150gのごはんを使っておりボリュームもたっぷり。
ヘボ入りチヂミ。こちらもヘボが香ばしくてよいアクセントに。

12時からは巣の販売がスタート。マイクを片手にスタッフが案内する販売会は、競り市のような活気がありました。みなさんお目当ての巣をゲットしてうれしそう。そして13時からコンテストの結果発表と閉会式。今年は出品数115個、最高重量は6,390グラムでした。ちなみに、89位までが2,000グラム超えだったそうです。

巣の販売では整理番号が読み上げられ、番号順に巣を購入する。
『ハチごはん』などの著書もある立教大学の野中健一教授(右)と、常連の優勝者、早川利廣さん(左)。

ヘボ文化を継承していく

飼育用のヘボの巣を見つけるために、6月後半から8月前半にかけておこなわれるのが“ヘボ追い”。イカの刺身などに、目印になるように糸やこより、ティッシュを結びつけ、木の枝に吊します。印のついた餌をハチに抱えさせ、巣に戻るハチを追って山の中を走り、巣を探し当てるのです。

「餌を上手に抱えさせるのが難しい。何度も落とすし、見失って巣が見つからない日もあります。でも、あれこれ工夫するのが楽しい」と出品者。

そうして地中から握りこぶしほどの巣を掘り出し、持ち帰って餌をやりながら育てていくのです。飼育期間は3〜4カ月。餌は鶏のハツ、ササミ、胸肉など。しかも新鮮でないと食べないそうで、飼育数によっては餌代が一日数千円にもなるとか!それはおいしいはずだ…と妙に納得する取材陣。

ただし、串原地区も高齢化が進み、ヘボ追いをして巣を育てる人が減ってきています。また、環境の変化などにより、巣自体も減っているのだそう。そこで、巣を取り出した後、女王バチを越冬させて翌春に巣づくりできるように飼育する取り組みも始まっています。

ヘボ文化を伝えていこうと、恵那農業高校の生徒たちが建てた『ヘボミュージアム』ではヘボ文化や歴史、飼育方法や料理方法など研究の成果を展示。実際に巣箱でヘボを育てており、その様子も見られます。

恵那農業高校の園芸科学科の生徒たちがヘボ文化を学び、地域活性化のために活動を続けている。資料館として『ヘボミュージアム』もつくった。
館内でヘボを飼育。そのほか、さまざまな展示も見応えがある。

山を駆け回る“ヘボ追い”や飼育はたいへんな作業かもしれません。でも、お話を聞いた方々はみなさん、とてもよい笑顔だったのが印象的。何より“楽しさ”が伝わってきました。取材陣も「次は“ヘボ追い”に参加してみたい!」と思わず言ったほど。大切な食文化を継承するとともに、新しいエンタテインメントとしても発信できる可能性を感じたお祭りでした。

平成11(1999)年には『全国地蜂連合会』も発足され、串原の地には“地蜂友好の碑”も建てられた。

データ:
『くしはらヘボまつり』
Webサイト

文 :久保田 裕子
編集:BUGS GROOVE