昆虫食は未来食?“理想的な肉”としての昆虫─entomoの取り組み vol.1
松井崇さんは、食用昆虫の輸入、製造、販売を手がける『昆虫食のentomo』代表。昆虫を“古代から来た未来食”と位置づけ、人にも地球環境にも優しい昆虫食の可能性を多くの人に知ってもらおうと、講演など普及活動にも取り組んでいます。なぜそこまで昆虫食に可能性を感じ、会社を起こすまでになったのか、実体験を踏まえたお話を伺いました。
健康を求めてたどりついた“古代食”の昆虫
昆虫食に興味を持ったのは、ほんの数年前です。もともと昆虫に興味があったわけでもなく、大学でも電子工学を専攻していました。むしろ昆虫には嫌悪感があり、昆虫食には偏見があったくらいです。にもかかわらず、昆虫食に興味を持つようになったのは、体を壊した時期があり、健康のためビーガンやローフードなどさまざまな食事療法を試したのがきっかけでした。
私が試した食事療法の中で、いちばん効果があったのが糖質制限でした。糖質制限とは糖質(糖質=炭水化物−食物繊維)を抜く食生活です。糖質が多い穀物を摂らないのは、農耕文化が始まる以前の狩猟採集時代の食生活がモデルです。農耕が始まってから現在まで、わずか1万年ほどしか経っていませんが、人類はそれ以前に何百万年も狩猟生活をし、その食生活に適応するように体も進化してきました。
しかし、人類は農耕が始まってから栄養状態が悪化。平均身長も低下し、病気も増えました。例えば、野生動物は“虫歯=牙を失うこと”で死に直結するため、虫歯にはなりません。 現代人の虫歯や糖尿病をはじめとする健康上のトラブルは、農耕文化の穀物中心の食生活に体が適応していないから起きているのでしょう。
よって、狩猟採集時代の食生活が健康にいいというのが、糖質制限の理論的な根拠の一つです。
では、狩猟採集時代に何を食べていたかというと、木の実や昆虫、野生動物などでした。それを知ってから、昆虫をゲテモノではなく、食料として見るようになりました。健康にいい“古代食”を知ったことで、昆虫食に目覚めたということです。
とはいっても、最初は昆虫食に抵抗があり、手を出さなかったのですが(笑)。
まず昆虫を除いた狩猟採集時代の食生活をできるだけ忠実に実践してみました。基本的に1 日1食。肉は1日1㎏くらい食べ、たまに断食もしました。狩猟をしていた時代には、毎日獲物が手に入り、食事ができるとは限りませんから。
そんな食生活を1~2年続けると、健康的な体になり、血管年齢は10代と判定され、肌もきれいになりました。それで、“古代食”をベースにした糖質制限が自分には合っているという確信を得て、さらに“古代食”を研究したところ、昆虫への嫌悪感は減少。昆虫食にもチャレンジしようという気持ちになりました。
昆虫はすべての部分を食べられる一物全体食
昆虫食が体にいいと考えたもう一つの理由に、学生時代の経験がありました。じつは学生時代に武道をしていて、拳や脚を頑丈にするための部位鍛錬もしていました。骨折防止のため、筋肉だけでなく骨も強くする必要があり、タンパク質とカルシウムなどを効率よく摂れる食材をいろいろ探しました。
まず、手軽にタンパク質を摂取できるプロテインの粉末を試しましたが、体質に合わず...。次に挑戦したのが鶏のササミといった肉類でしたが、家畜の成長ホルモン剤や重金属の生物濃縮の影響が不安でした。また、肉類はモモ肉やムネ肉など、特定の部位だけしか食べられません。
もっと小さな生物で頭から尻尾まで全部食べられる、いわゆる一物全体食がいいのではないかと考え、大学時代に行き着いた理想的なタンパク源が卵と小魚でした。大学の部活の合間には、あごも鍛えられるので、よく煮干をボリボリかじっていたものです。
それを思い出し、昆虫を食材として考えたときに、昆虫は小魚同様、頭から尻尾まで全部食べられ、タンパク質の割合も牛肉以上。しかも、小魚の持つ栄養素に加え食物繊維まで摂れます。管理された昆虫であれば、天然魚の水銀汚染や、養殖魚やエビのホルモン剤などのリスクもありません。学生時代には思いつきもしませんでしたが、そのことが昆虫を理想的なタンパク源と考えるいちばんの根拠になっています。
現在の食生活も基本的に1日1食。たまに断食をしています。
数年前にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏のオートファジーのメカニズムに関連しますが、断食をすると、食物からタンパク質を摂れないため、細胞中の不用になったタンパク質を分解して再利用するしくみが人間の体にあり、断食は体内の不用なタンパク質のゴミを取り除くことにつながるので有効だと考えています。
また、常識でいえば、人間は食いだめできないと言われていますが、狩猟採集時代、獲物が手に入ったときは肉のドカ食いをしたはずなので、月に2、3回は肉類をたくさん食べるため、しゃぶしゃぶやステーキなどの食べ放題に行っています(チートデイ)。
ほぼ糖質ゼロの厳密な糖質制限をしていたときは、体重68kgで体脂肪率も一桁でしたが、椅子に座るとお尻が痛くなったり、秋が近づくとお腹が冷えやすくなるなど大変になりました。そのため、推奨されていないのですが、ナッツ類なども積極的に食べるようにしたところ、体重72 ㎏で体脂肪12%に増え、冬も問題なく過ごすことができました。
野生動物の生態を考えると、クマは冬眠前に、たくさん木の実などを食べて脂肪を増やしておきます。冬眠しない動物も、冬を越して生き延びるために、毛の量と脂肪を増やします。狩猟採集時代や野生動物に近い食生活を実践し、秋から冬にかけては糖質量を増やして皮下脂肪をつける“逆ダイエット”を試したり、最適な食事回数の検証もしています。
“未来食”としての昆虫の普及で人類の発展に寄与
仕事として食用昆虫を扱おうと考える以前には、持続可能な食材を求め、水耕栽培の植物工場など理想的な食材を模索した時代もありました。しかし、人間の体にはやはり肉─“動物性タンパク質”が必要です。動物性タンパク質を摂れるいちばん優秀な食材は何かと考えたときに、小さくて一物全体食、生物濃縮の心配も少ない“昆虫しかない”という結論に至りました。それで食べやすい昆虫を広めようと、entomoを立ち上げたのです。
将来的には、昆虫食が可能性のある“未来食”として普及し、食料生産の効率がよくなれば、人類の発展にも寄与できると考えています。
今は、西アフリカのブルキナファソ産イモムシの輸入、販売に力を入れていて、イモムシをメインにしたレトルトカレーの開発も進めています。これから、もっとアフリカの昆虫や昆虫食を日本に紹介できたらおもしろいと思っています。
なぜ、松井さんはアフリカ産のイモムシにこだわるのか!?理由はvol.2に続きます!
データ:
『昆虫食のentomo』
Webサイト
文 :桑畑 裕子
写真:昆虫食のentomo・Shutterstock・PIXTA・BUGS GROOVE
編集:BUGS GROOVE