食用昆虫は500種類以上!メキシコの多様な昆虫食文化
メキシコは世界有数の昆虫食大国。先住民のインディオが昆虫をタンパク源としてきただけでなく、現在も一般的な食材として昆虫が食されています。また、昆虫食研究が進んでいる国としても知られています。
メキシコ国立自治大学理学部教授、ホセ・マニュエル・ピノ・モレノ氏は昆虫食研究の第一人者。
立教大学で行われた公開セミナー『メキシコの昆虫食と環境多様性』での講義内容と、セミナーを企画した立教大学文学部史学科超域文化学専修教授、野中健一氏の話を交え、メキシコの昆虫食事情を紹介します。
昆虫食の文化が根付くメキシコ
先住民インディオの時代から、多様な昆虫食の伝統文化があったメキシコ。ヨーロッパ人が流入した時代を経て、現在も昆虫食文化が根付いています。都市にも昆虫料理を提供している店は多く、高級珍味として昆虫食を出すレストランもあります。
モレノ氏は“未来のタンパク質”といわれる食用昆虫の研究者で、メキシコの食用昆虫について、栄養価、分布や採集法、調理法、商業的な利用法など幅広く研究しています。
「州ごとに食用昆虫の種類を調査していますが、最新データでは、メキシコ全体で545種類の昆虫が食べられていることがわかりました」
では、どのような昆虫がよく食べられているのでしょうか。
「メキシコでもっとも多く食べられているのは、チャプリネスと呼ばれるバッタです。広く分布していて、養殖もされています」
塩、ニンニク、唐辛子などで味付けし、揚げられたものが、スナックとして売られています。トルティーヤ(トウモロコシの粉でできた薄いクレープのようなパン)で巻いて食べることもあります。メキシコではどの食用昆虫も、タコスの具としてトルティーヤで巻き、サルサソースをかけて食べるのが一般的です。
食用昆虫は種類によって産地があり、昆虫食には地域性があります。2015年、野中氏は昆虫食の調査でメキシコへ行き、南部のオアハカを訪ねたそうです。
オアハカは多数の民族が集まっているため、もっとも昆虫食に多様性がある地域です。
「トウモロコシ畑が続く畑作地帯で、食用のアリの巣やバッタを捕まえる様子、リュウゼツランにつくイモムシなどを現地で見る機会を得ました」
メキシコを象徴するような食用昆虫に、リュウゼツランにつく赤紫色のイモムシがいます。ボクトウガの一種の幼虫で“赤いイモムシ”とも呼ばれます。
メキシコにはリュウゼツランを発酵させ、蒸留して造るメスカルという酒があります。メキシコといえばテキーラが有名ですが、テキーラは特定の種類のリュウゼツランを使い、テキーラ村周辺で造られるメスカルのこと。“赤いイモムシ”はメスカルの味を深めるともいわれ、ビンに1匹入っていることがあります。しかし、メスカルはアルコール濃度が約40%と高いため、アルコールで脱色され白くなっています。
“赤いイモムシ”を乾燥させすりつぶした粉と唐辛子の粉末を混ぜた塩は、メスカルの酒肴として定番。“赤いイモムシ”は炒めたり、フライにしたものがレストランのメニューに並び、他にもトルティーヤで巻き、タコスの具としても使用します。。
リュウゼツランには“赤いイモムシ”以外に“白いイモムシ”と呼ばれる種類もいます。“白いイモムシ”は大型のセセリチョウの幼虫で、油で揚げ、タコスの具などにしますが、最近はあまり採れなくなり、高級食材になりつつあります。
モレノ氏によれば、食用昆虫は季節の食材で、入手できる季節が限られているものも珍しくありません。
カメムシはゲレロ州タスコが有名な産地で、旬の季節にはさまざまな料理が並ぶフェスティバルが開催されます。野中氏もタスコを訪れたものの、季節外れだったため、干したカメムシにしか出合えなかったとか。
「現地のレストランで、『生きたものを食べないと意味がないから、またシーズンにいらっしゃい』と言われました(笑)」(野中氏)
「生のカメムシの風味は、人によって感じ方が違うようですが、私はシナモンの香りだと思いますよ」(モレノ氏)
メキシコには、昆虫の卵を食べる文化もあります。エスカモーレスは大型のアリの卵で、アリの産卵時期にだけ口にできる高級食材。卵だけでなく幼虫やさなぎが混ざることもあります。“メキシコのキャビア”とも呼ばれ、ソテーするとクリーミーで上品な味わいだと評されます。
昆虫を使った食品の販売や輸出
野中氏は、4年前に渡航した際、メキシコでは食用昆虫を使った食品の商業化が盛んだと感じたそうです。
「イモムシを入れた酒、メスカルもそうですが、バッタの粉末を混ぜた塩など、昆虫入りの調味料などが各種売られていました」
モレノ氏によれば、食用昆虫の工業化も進み、昆虫を使った商品を製造する食品会社も増えているといいます。
「チャプリネスを使ってソースを作る会社や、“赤いイモムシ”、“白いイモムシ”の入った塩を製造する会社などいろいろあります」
人間のためだけでなく、動物の栄養を考えた商品も販売されています。
「昆虫を使った犬用のタンパク質のサプリメントもありますよ。人間だけでなくペットの数も増えていきますので、ペットの食料をどう賄うかも考えなければいけない問題です」(モレノ氏)
もともとメキシコはハチミツの生産量が多く、カナダやアメリカ向けの重要な輸出品でした。
「今はオーガニックなものの人気が高く、ハチミツだけでなく、昆虫を使った食品の輸出も好調で、経済的にも重要な産業になりそうです」(モレノ氏)
環境保全と食料の未来を考えた昆虫食
昆虫食の文化はメキシコの大切な遺産。それだけに、食用昆虫の研究に宿命を感じるというモレノ氏。「昆虫食の発展は、経済のためにも、未来の食料供給のためにも重要」ときっぱり言い切ります。
しかし、昆虫食発展のためには、さまざまな側面を考えなければなりません。生態を考えずに乱獲すれば、絶滅という恐れもありますので、個体数のコントロールが必要です。
「栄養的な研究はもちろん大切ですが、昆虫食の規模を拡大する前に、生態など生物学的な研究も必要です。コストや利益など経済的なことも考慮しなければなりません。また、昆虫食の文化がないところでは、昆虫を食品として流通させるために、法律の整備が必要な地域もあるでしょう。環境保全と食料の未来を考えながら、昆虫食を発展させ、世界に普及させていきたいですね」(モレノ氏)
文 :桑畑 裕子
写真:Shutterstock
編集:BUGS GROOVE
参考文献:
三橋 淳『虫を食べる人びと』(平凡社、1997)
三橋 淳『昆虫食 古今東西』(オーム社、2012)